Kuma  2018年8月30日号掲載

コラム  南国新聞読者の皆さん、今までふつつかな連載にお付き合いいただきありがとうございました。遂に最終回!マレーシアで大学院課程を修了し、日本に帰ることになったオッサンが翌春に卒業式に出席するために、再度マレーシアに渡航したお話です。

卒業式・・・よりによって4月1日とな?
 確かに日本に戻った時、「ホントに職場に戻って早々に申し訳ありませんが、やっぱ卒業式だけは出たいので、翌春にもう一回だけ渡航させてください!」そんな平身低頭な日々を日本で修行僧のごとく半年間過ごしていたワタクシにある日、学校側から衝撃のメールが届きました。「卒業式の日程決まったよ〜ん。4月1日だよ〜ん。金を振り込んでくれたら卒業式で着用するガウンをレンタルしとくよ〜ん。」だって。ぬぬぬ“っ!4月1日??オイオイちょっと待ってよ。4月1日って日本じゃ、どんな意味を持つ日かわかってるのか?!入学式、入社式、新年度、、、この国の社会の一員として生活する者にとってゼッタイに休めない日じゃないか!・・・・・って言っても、結局は職場に無理行って休ませていただいちゃったんですけどねぇ、、、もう行くとこまで行っちゃったというか、もう日本で社会人、完全に失格、人生詰んだな(?)って感じですね(涙)。

でも、この留学奮闘記、最終回さえもドタバタなんです!!
 ところがそんな卒業式でさえハッピーエンドで締めくくれる程、ワタクシの留学奮闘記は甘くはありません。そうなんです、大トラブル発生!実は今回のマレーシア渡航には「裏ミッション(?)」が存在してたんですなぁ。というのもワタクシはかつてマレーシア滞在中、一度だけ海外、それもインドネシアに出かけたことがありましてね、そこの知人にどうしても再会したい事情があったんです。だからあり得へんほどの不可解さで“日本→インドネシア→マレーシアで卒業式”という謎のルートを設定したんです。それでもって、一応、インドネシアでは懐かしの知人との再会も果たし、一泊後、いざ卒業式のためにマレーシアへ行こうと飛行機に乗り込んだんですよ。そしたらね・・・じゃじゃ〜ん!機内で30分待っても飛び立ってくれないんですよ。しかもインドネシアってマレーシアと違って英語アナウンスが絶対的に少ないもんだから、やがて乗客がギャーギャー騒ぎ出しても自分だけさっぱり事情がわからない。最後に英語の通じるマレーシア人が教えてくれてビックリ!機体の故障のため本日はマレーシアに飛び立てないので、ホテルを航空会社で手配するからもう一泊してくださいだって!おいおい、マレーシアでの卒業式、明朝なのにぃ!

結局、卒業式には・・・(涙)
 ・・・で、結論から先に言うと、あんなに楽しみにしていたマレーシアでの卒業式・・・出られなかったんです(涙)。だって次の日だって連続して2便とも飛行機が故障という異常な状況で、ヘトヘトでマレーシアに着いた頃には卒業式が終わった日の深夜でした。
 そんなトラブルに見舞われている最中、マレーシアで再会を楽しみにしてくれていたかつてのクラスメートたちは頻繁にLINEで気遣ってくれて、励ましてくれたり、残念がってくれたり、そして卒業式の最中には、様子を逐次報告してくれていたんですよね。何だか最後の最後まで運にも見放された自分を気遣ってくれる仲間の善意がありがたくて、そして自分が情けなくて、とにかく失意のどん底でした。

ところが・・・感動で涙!
 でも、そんな失意でマレーシアに到着した矢先、深夜にも関わらず仲間の一人が次のようなLINEのメッセージをくれたんです。「Kumaさん。残念だったね。でも、もう一日、マレーシアにいるんだろ?明日もマレーシアに残ってる仲間たちがみんな、Kumaさんに会いたがってるよ。明日、●●で待ってるよ。」とのことでした。正直、卒業式に出られなかった恥ずかしさに満ち溢れていましたが、翌日、彼が指示するKL中心部のショッピングモールに行き、懐かしの面々との楽しい会食を果たしました。
 そして会食中、ほどなくした時、昨日の彼が「Kumaさん、実はまだKumaさんのガウン、俺が預かってるんだ。あそこに噴水があるだろ?あそこでKumaさんの卒業式をやろう。さあガウンを着るんだ!」そうなんです。買い物客が満ち溢れるショッピングモールのど真ん中で40代後半の出来の悪いニッポンからのオッサンの両脇を若者たちが抱え上げ、クソ暑くも懐かしい、このマレーシアの空を仰いでいる噴水の目の前で“私設卒業式”を催してくれたんです。
 これが家族や職場に大迷惑をかけてまで約20年ぶりにマジで最終学歴を変えるに至った男の、ブザマながらも自分らしい姿、そしてこの中年男性の留学体験が結実した姿でした。最後には仲間の一人一人との2ショット写真も撮りましたが、もはやワタクシには彼らに涙なしでは感謝の言葉を発せられないほどギリギリな状況でした。 果たしてこんな生き方に社会的には何の意味があったかはわかりませんし、おまけに誌面で更なる生き恥を晒しているだけだとも感じています。でも、今はこんな自分を素直に肯定しています。

 最後になりますが、今までこんな一個人の体験記に目を通してくださった皆様、そして貴重な機会を与えてくださった南国新聞の皆様、本当にどうもありがとうございました。どうか皆様も素晴らしいマレーシア・ストーリーを築き上げてくださいね。


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インドネシアからマレーシアを目指すもまるで離陸の気配なし

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便のキャンセルが伝えられパニックするインドネシアの空港内

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マレーシアでは残っていた仲間が会食を催してくれた

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仲間がガウンを着せてくれた

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私設の卒業式にオッサンは感動

マレーマン・ハリマオ