K・K  2018年6月7日号掲載

ピックアップ  2018年6月30日、7月1日の両日。米国とチェコでトップダンサーとして活躍する日本人バレリーナを迎え、クラシック・バレエ、“ジゼル”がイスタナ・ブダヤで開演される。公演を手掛けるのは当地のバレエ・カンパニー“KLダンスワークス”。「マレーシアの人々に、真の芸術の素晴らしさを知ってもらいたい」と、本公演を企画するチューン・ワンチン氏(以下、ワンチン氏)、ならびにワンチン氏を支え、未来のダンサー育成に情熱を傾ける藤橋理乃氏にインタビューを行い、両氏のこれまでの歩みや今後の抱負について話を伺った。

KLダンスワークスとは
 ワンチン氏は1998年、ダンス公演を企画する非営利団体“ダンス・ワークス・プロダクション”を立ち上げ、マレーシアにバレエを紹介する試みを開始。未来のダンサー育成を図るためには、海外から指導者を招聘することが欠かせないが、プロダクションでは組織的な観点から外国人を雇用できない。世界に通用するバレエ・カンパニー、世界レベルのダンサーをマレーシアから誕生させることを目指し、2015年3月、KLダンスワークスを設立する。初心者から学べる子ども向け、大人向けクラスを有するとともに、毎年定期公演を開催。また、海外から著名ダンサーを招き、当カンパニーとのクラシック・ナンバーのコラボ公演を企画・実施する。

“芸術の申し子”、ワンチン氏のヒストリー
 ワンチン氏は当地において5歳でバレエを始め、14歳で渡米。16歳でシンガポールダンスシアターのダンサーに抜擢され、18歳で上海バレエ学校へ改めて入学しコースを修了。これらのターニングポイントは、それぞれの指導者から見出されたことによるもので、ワンチン氏が才能あふれる逸材であることを物語る。ところが、華々しい経歴の背景には、氏にしかわからない苦しみが伴っていた。米国滞在中に拒食症になり身体は痩せ細るが、以後、自分の意志に反し、バレリーナとしてその体型が大いに賞賛される。「舞うことに楽しみを見出せず、苦しいだけとなってしまった」ため、バレエから離れることを決意。豪州RMIT大学(ロイヤルメルボルン工科大学)でデザイン工学を学び、学位取得。「完全にバレエを離れていたのは1年ほど。徐々に身体はバレエを欲するようになり、楽しんで行えるバランスを伺いながら、トレーニングを再開しました」と、ワンチン氏は豪州時代を振り返る。新たなバレエの道を模索する中、カリフォルニア芸術大学で振り付けを学び、MFA(修士号)を取得。期せずして、バレエを多角的視野から俯瞰視可能なポジションに立つ。「デザイン工学を学んだことで、現在、カンパニーでの定期公演時のセットの制作が容易にでき、振り付けを徹底して学んだことは、公演に役立っています。もがき苦しむ中で会得したものは、すべて有意義に活かされているから不思議なものです」。

その後日本で優れた指導力を発揮
 豪州時代、ある日本人ダンサーと知り合う。後に世界的ダンサーを次々と世に送る“ENAバレエスタジオ(奈良県)”を設立する廣瀬絵菜氏だ。米国で修士号を取得後、将来の方向を模索していたところ、タイミングよく絵菜氏より「日本へ来て、手伝ってもらえないか?」との依頼を受け承諾。2001年、常任振付師、プリンシパル・ティーチャーとして着任すると、プリ・プロフェッショナルトレーニングコースの開設、欧州・米国の著名校との提携、優秀な生徒達を海外へ送り出すなど、後進指導力を発揮。現在、ワンチン氏のもとを巣立った生徒らの多くは、世界でプロのダンサーとして活躍しており、今回のジゼルで客演するオロモウツ・モラビア劇場(チェコ)の首席ダンサー京谷由衣氏は、氏の愛弟子だ。

藤橋理乃氏の夢
 KLダンスワークスで、ワンチン氏の右腕として生徒らの指導にあたり、自身もダンサーとしてカンパニーの舞台に立つ藤橋理乃氏は、4歳からバレエを始める。15歳のある日、バレエ雑誌に目を通していた理乃氏の目は、奈良で開催されるコンクールの告知記事に釘付けとなる。「ファイナルは豪州開催との記載に心惹かれ、『海外に行けるチャンス!』と迷わずエントリーしました」。主催は絵菜バレエスタジオだった。見事ファイナルへの切符を勝ち取ったが、「ファイナルではクラシックの他、コンテンポラリーダンスも課題に挙げられていました。まったく経験がなく、主催側に相談したところ、ワンチン先生が手ほどきしてくださることとなったのです」。その後、バレエの道をより究めるため、プリ・プロフェッショナルコースを有する絵菜バレエスタジオの門を叩き、トレーニングを重ねる。「その後、マレーシア公演をお手伝いするうちに、KLダンスワークス設立にも関わり、現在に至ります」と笑う理乃氏。ジゼル公演への想いや将来の豊富を尋ねたところ、「舞台を創り上げるのは大変な労力。皆で一つの舞台を、時間を分かち合いながら創り上げていますが、口では説明が難しいことを、ジゼル公演での踊りを通して、皆に体験・理解してもらえればと思っています。将来については、今回ワンチン先生が、世界で活躍する愛弟子を公演に招かれたように、私の生徒達が世界で活躍し、私の企画する公演に彼らに客演として来てもらうことができれば最高です」。

 「マレーシアのバレエ界は、始まったばかり。何を企画しても、すべて“マレーシア初”。過去に企画・上演したドン・キホーテ、ラ・バヤデール、そして今回のジゼルも、当地初披露です。本物のバレエ、真の芸術を当地の人々に味わってもらいたい、まずはそこからです」と、ワンチン氏は穏やかに語る。この度、「ジゼルにぴったり」と氏がイメージするボストン・バレエ団プリンシパルの倉永美沙氏が、二つ返事で快諾。「いよいよ、マレーシアに“ジゼル”を紹介できる」と目を輝かせる。また、「今は子どもたちと接することが何よりも幸せで、彼らを見ていると、多くのアイデアが湧いてきます。多くのチャンスがこの先訪れるでしょう。バレエにこだわることなく、流れを見つめながら、柔軟に進んでいきたいですね」。マレーシアに真の芸術をもたらすべく、またその礎たるべく、ワンチン氏はしなやかに今日もスタジオに立つ。


KLダンスワークス
www.danceworksproduction.org




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スタジオでのレッスン風景

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スタジオでのレッスン風景

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スタジオでのレッスン風景

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スタジオでのレッスン風景

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KLダンスワークスダンサー兼インストラクター
藤橋理乃さん

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KLダンスワークス創始者
チューン・ワンチン氏