Kuma  2017年10月19日号掲載

コラム  南国新聞購読者の皆さ~ん!スラマッパギ(おはようございます)です。ちょこっと節約したい月の朝食は、いつもの2リンギ(約50円)のロティ・チャナイでエンジョイしてますかぁ~!

 ・・・ってなことで、前回までは、オッサンの現地下見を兼ねたマレーシア初探訪記をご紹介し始めてたんですが、実際、この下見は、今もなおマレーシア計画の原点であり、かつその後の掛け替えのない方々とのご縁をいただく貴重な機会となりました。ま、いわゆる一つの人生におけるマイルストーンっちゅうヤツですな。

度肝を抜かれた交通事情!
 こうして今でもマレーシア訪問の数々の思い出を振り返っても、この時の街の雑踏感というか、喧噪が全ての起点になっていると感じます。とにかくワイルド過ぎる道路事情に「みなぎる東南アジアのパワー」として圧倒されたのを覚えています。
 先ずは溢れかえる駐車車両。一般道路での縦列駐車なんて当たり前。さらにマレーシアじゃ、2列の縦列駐車なんですから、こりゃ~超ビックリ!そんな合間をみんな器用に車の運転してて、しかもさらにその合間をヘルメットもしてない子どもを後ろに乗せたバイクや、あるいは「アンタ、どう見てもまだ子どもだろ。」みたいな人までバイク運転してるもんで、ホント凄いことになってるんですねえ。じゃあ、道路に車が溢れかえってるくらいだから、一般家庭にはさぞかし駐車する場所もなくて気の毒なのかと思いきや、結構、みんなリンクハウスと呼ばれる広大な家屋の玄関前に十分過ぎる駐車スペースがあるんですよね。しかも一家で3台とか平気で車を所有してて、このオッサンなんかより、よっぽど裕福に見えるもんで、もう訳わかんないですよ。
 しかもこの滞在中では、夕方にスコールが降り始めたんですが、そしたら今度は幹線道路の左半分が洪水になっちゃって、みんなボートレースみたいに競い合って走ってるじゃあ~りませんか。

ウインカーこそが最大のトラップ!
 そして何よりも、このオッサンを困惑させたのは、車のウインカーに対するマナーですね。例えば日本じゃ、運転手のウインカーに対する「信頼度」って、限りなく100%に近いと思うんですよね。つまり右にウインカーすれば右に曲がるんだなと、みんなが思う訳ですよね。
 でも、マレーシアじゃ、そうはいかない。交差点ではウインカーしてる車の半分くらいが直進しちゃうし、逆にその残り半分くらいがウインカーしてないのに曲がっちゃうんですよ。「これじゃ、もうウインカーの意味ないじゃん!」って思いましたよ(笑)。
 タクシーで各地を視察しながら、「これじゃ、オレ、もし本当にマレーシアで留学することになっても、自分で車の運転だけは絶対無理。」って思ったものですが、いざとなれば、結局、留学生活を続けるうちに、車を保有して見事にマレーシア流に乗りこなしてたんですから、慣れって怖いものですよね(笑)。

かけがいのない現地の友人との出会い
 この下見は、僅か2泊のみの滞在だった訳ですが、一方で、今後の自身のマレーシア計画に関わるような幾つかの幸運な方々との出会いに恵まれました。到着の初日、ホテルにチェックインした直後に、「先ずは“食”を知ることこそが現地を理解する第一歩。」と付近のラーメン店へと繰り出したのですが、そこで偶然、相席だった中華系マレーシア人と意気投合し、結局、その日は志望する大学院界隈を彼の車で案内して貰いました。
 しかも彼はオッサンが志望する大学の出身者でもあったので、車中、大学に関するいろんな話も聞けましたし、その後も互いに連絡先を教え合い、オッサンが家族を帯同しての2回目の下見をする際や、その後、マレーシア滞在中に至るまで、様々なサポートをしてくれる大切な友人となりました。

「天は自ら助くる者を助く」ってな訳で・・・
 さらに2日目には、事前にアポを取っておいた幾つかの病院を見学したのですが、そこに居合わせた、マレーシア移住をされている日本人の方々にも、後々、大変お世話になりました。そして詳細は、次回以降の投稿でご紹介しようと思いますが、この方々のサポートがなければ、ワタクシは家族を引き連れてマレーシア生活などできなかったことになるのです。
 とりあえず必死にもがいていれば、不思議なことに相応な人が眼前に現れたりして何とかなっちゃうというサプライズに出会うのが海外。その辺りは20年ほど前にカナダで一人ワーホリしてた頃の経験則が活かされていました。
 ま、とにかく「迷わず行けよ、行けばわかるさ。ありがと~っ!」ってなことで、皆さん、次回以降もこんなオッサンの回想録に飽きずにお付き合いの程、ヨロシクお願いします。


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美味しいナンとカレー

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日常茶飯事の交通混雑

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危ない、子どもをのせて走るバイク

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ウインカー出してても直進すルクルマも