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K・K  2015年8月13日号掲載

ピックアップ  日本が誇る合気道の達人 竹野高文最高師範を筆頭とする養神館合気道の師範らが世界各国からマレーシアへ集結し、7月26日、国際演武大会が開催された。

 マレーシア滞在期間中、世界から集まる門下生らの指導で多忙を極める竹野最高師範と中川千恵美師範から、本誌記者は幸いにも話を伺うことができた。若かりし頃に空手をかじっていたこともあり、「合気道の真髄とは何か、武道を究めるとはどういうことなのか」、という疑問が常に脳内を席巻していた。その答えを掴むことができるかもしれない、期待を胸に、対談場所へと向かった。

合気道とは〜 「自分からは攻撃せず、制するところで終わる」
 合気道は山梨県を発祥とする柔術で、甲斐源氏武田家が代々秘蔵した門外不出の武道に端を発する。「自分からは攻撃せず、制するところで終わる」ことを特徴とし、「バランスの武道」と呼ばれる(相手のバランスを崩し、しっかりと立っていられない状態を作ることで相手の攻撃を無力化する)。無駄な力を用いず、相手の攻撃に応じて瞬時の判断により体を捌くことが求められ、年齢や体格に関係なくたしなむことができると言われている。「自ら攻撃しない」ことをモットーとしているため「試合」は存在せず、「受け(攻撃側)」と「仕手(制する側)」に分かれた演武が行われる。また、徒手対徒手のみではなく、剣や短刀、杖などの武器を用いた稽古も行われるため護身術としても役に立つとされ、その精神性も踏まえ、海外で圧倒的な人気を誇っている。

竹野最高師範とその師「伝説の達人」塩田剛三氏
 「一日中、合気道生活ですよ」、穏やかな表情で笑う竹野最高師範の合気道との出会いは1947年、合気道歴は48年を数える。その隣で可憐に微笑む中川師範は、40年の合気道歴を持つと言うから驚きだ。竹野師範は、身長154センチ、体重46キロと小柄な体格ながら数々の逸話を残す「伝説の達人」と呼ばれた塩田剛三氏の高弟だ。

マレーシアで、養神館合気道初の国際演武大会
 海外で演武を披露したことはあるものの、世界各国から一同に会する大会は今回が初めてという。各国から集まりやすいという立地面で利があることに加え、マレーシアは国際大会を行う上での人的基盤が整っていたためだという。開催にあたっては、マレーシア支部の指導者、門下生らが総出で運営にあたっていた。また、国際演武大会が開催された26日のみならず、両氏の滞在期間中は連日、竹野、中川両師範による各国指導者や道場生に対する特別指導が行われたが、門下生らはボランティアでそれらを切り盛り。竹野、中川師範はその熱意に、全身全霊で応えていた。「国際交流は勉強の場。交流のなかった国の人達の仕手・受けを見て『こういう手があったか!』と学ぶ良い機会となると同時に、新たなステージへのスタート地点ともなる」、竹野師範は国際演武大会の意義について、このように語った。

失敗したことについて、竹野先生から叱られることはありません
 内弟子として合気道の道を共に歩む中川師範は、竹野師範について、「普段は大らかで、失敗について怒られることはありません」と語る。失敗から学ぶことが何よりも重要だとの考えに基づくためで、失敗事態は悪いことでもなんでもないという。「ただし、筋違いのことをした場合は怖いですよ〜!しかし、そういう場合でも声を荒げて叱られるということはありません。『何が間違っているかわかるな?』という無言の戒めです。言葉では一切教えてもらえません。自分で答えを考え、見つけ、出来た時に初めて、新たなスタート地点に着くことができるのだと理解しています」。そう語る中川師範の隣で、竹野師範は大らかに笑いながら、次のように付け加えた。「合気道も同様です。一回の失敗を恐れてはいけない。態勢を整え、すぐに次の攻撃に備える。そして、攻めるべきか、引くべきか、2度目の攻撃で見極めることが重要です」。竹野師範の言う「一日中合気道生活」という意味が少し分かりかけた瞬間だった。

やわらちゃんを参考にしなさい
 「やわらちゃんを参考にするようにとの指導を受け、試合の動画を山ほど見ました」と、中川師範。やわらちゃんとは、もちろん柔道の谷亮子選手のことだ。「この手がダメなら次。次を失敗したら、さらに次」と、理想的な技の繰り出し方だという。この指示から、竹野師範が非常に柔軟な考えを持ち、他の流派、他の武道などという垣根を持たず、「良いものは良い」と素直に受け入れていることが窺い知れる。これは師匠の塩田氏も同様だったと聞く。「大山さん(極真空手の創始者 大山倍達氏)や柔道の師範らとも交流があり、私もお話させていただいたことがありますよ」。

演武は打ち合わせなし
 合気道の演武はショーではない。よって、打ち合わせは一切しないと竹野師範は言う。「そうでなければ、本物の、真剣な合気道ではなくなります」。竹野、中川両師範の演武は、竹野師範の仕手の技が美しいのはもちろんのこと、中川師範の受けも見事の一言に尽きる。遠くに投げ飛ばされても、喉元を取られ背中からひっくり返っても、猫のようにしなやかな動きで、あっという間に次の攻撃をしかけている。予定されていない仕手の動きに、これだけ対応できるということが最初は信じられず、「事前の打ち合わせなし」という言葉に驚くほかなかった。

受けは仕手以上の修練が必要
 日本人は仕手を学びたがるという。ところが、受けの気持ちが分からなければ、仕手側は正しい判断ができず、例え仕手の技術を身につけても、状況に応じた正しい仕手は繰り出せないという。また、瞬時に受け方を判断しなければ、大怪我を負う。遠くに投げられるのか、近くに落とされるのか、受けの判断を誤ると大事故につながるのだ。「受けの心理」を自覚することが大切だともいう。「どういうときに逃げたいほど怖くなったか」、客観的に自分の怖さを分析できるようになるまで、受けの修練を積む必要があるという。竹野師範自身、塩田氏の「受け」を実に20年以上に渡り担っていたという。竹野師範は中川師範を次のように評価する。「私の仕手を受けるために、女性ならではの工夫を重ね、並々ならぬ努力を重ねている。最初は女性に私の受けは勤まらないものと思っていたが、今では、私が全力で仕手を繰り出すことの出来る、信頼する受け手です」。

マレーシアや海外の門下生の方が、日本人よりも強い!?
 日本の門下生とマレーシアを始めとする海外の門下生との違いについて尋ねたところ、日本人は『頭から入る』『想像して入る』傾向にあるとのこと。また、竹野最高師範を始め、一流の師範が常にそばにいるという安心感から、一回一回の練習の緊張度合いが緩いのではないかと中川師範は分析する。海外の門下生は、言葉がわからない分、『体から入り、体を繰り返し動かして覚えていく』とのこと。「これで良いでしょうか?」との確認も忘れないという。その謙虚さは有段者になっても変わらず、常に学びの姿勢を保っているのだそうだ。「海外の人の方が日本人よりも進歩が早く、強いように見受けられます」。

合気道の道を歩む
 リーダーとしての苦労は何かとの問いに対し、竹野師範から、「師匠が側にいないことです。このやり方で正しいのか、この判断で正しいのかと常に悩み、師匠の言動、立居振舞などを思い出しては、己の振る舞いを思案する毎日です」という答えが返ってきた。組織を戦略的に大きくしたいとか、利益を生み出そうなどという考えは微塵もなく、合気道の道、人としての道を歩む上での悩みや迷いしか感じられない。「道を行く」ことのみを追求する、武道家としての真髄を竹野師範の中に見た思いだ。その竹野師範の背中を見て、多くの人々が自然に集まり、いつの間にか組織は成長し、纏まっていくように見受けられる。「運営に関する話し合いや相談は、あっという間にまとまります。ところが合気道の話になると、話はつきません」と中川師範は笑う。
 「生涯に一人の師匠を持て。それが何よりの幸せだ」と、竹野師範は師匠から言われたという。普段何気なく暮らしている者にとっては難しい課題だ。一方、岐路に立った際、一人の優れた師匠の生き様を振り返ることができるのは、確かに幸せなことだ。
 「技術面ではなく、先生の中の何かが少しずつ変わっていく様子を見ることができ、内弟子として幸せです」と中川師範は語る。  合気道では、良い技が決まったところで、それが終わりではない。戦いにおいても同様で、その場での勝負はついたとしても、負けた者の恨みは続くものだという。「自ら戦わず、制するところで終わる」合気道。
 人、自然、宇宙との調和を求める合気道の精神とは、人の世に大切な根本的なものを示しているのではないかと感じるとともに、リーダーの器とは何かを、改めて考えさせられる一日となった。

合気道の豆知識
竹野最高師範の師匠である塩田剛三氏に関わる逸話〜
 ロバート・ケネディ夫妻は、世界中で「伝説の達人」として評判の塩田氏を養神館道場に訪ねその技を目の当たりにするが、最初はとても信じられなかったと言う。そこで、身長190センチ、体重100キロの自身のボディガードを塩田氏と立ちあわせたが、そのボディガードは、塩田氏に手を取られるや否や、体がくずおれてしまったという。「その小柄な先生に、私のボディガードは、まるでクモをピンで張り付けたように、いとも簡単に取り押さえられてしまった」と後に回顧している。また塩田氏は、「一番強い技はなんですか?」と尋ねた弟子に対し、次のように答えている。「それは自分を殺しに来た相手と友達になることだ」。
女性としての工夫とは
 女性と男性とでは筋肉のつき方が違う。女性の場合、「受け」た後に体が弾まないため、通常のやり方では瞬時に立ち上がることができない。受け側が次々に攻撃を仕掛けない限り、仕手は何もすることはできず(仕手は攻撃をしないため)、合気道は成立しない。いかに素早く体制を整え、距離を詰め攻撃に向かうことができるかを工夫することが重要と、中川師範は説明する。実際に中川師範の場合、体をしなやかにひねって起き上がるスタイルをとっているという。女性としての不利な点を克服し、今は竹野師範の受けを担う第一人者であることに感服する。
目線ではかる距離と実際の距離は異なる
 演武の際、集中すると相手の目線しか見えないという。その目線による相手までの距離と、実際の距離は異なると言う。竹野師範は、その「錯覚」を利用し技をかけることがあるという。受け側からすると、仕手側に対して突きを繰り出し、「当たった!」と思ったとしても、実際にはそこに竹野師範はいないのだという。




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まさに「合気道」という道を歩む竹野師範

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「失敗することもありますよ」と笑う竹野師範

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竹野師範(右)と中川師範

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中川師範:この花のような笑顔と超絶な「受け」とのギャップに驚愕

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優しい笑顔で中川師範の話に耳を傾ける竹野師範

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竹野師範(仕手)と中川師範(受け)の演武

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竹野師範と中川師範の演武