(5)家族の理解、そしてオッサンと世間様の壁

コラム

 南国新聞購読者の皆さ~ん!元気ですか~っ?元気があれば何でもできる。元気があればオッサンだってマレーシア留学できるっていう訳で、今回も紙面で生き恥を晒しているオッサンのKumaです。今回も、マレーシア大学院留学に至る経験談にお付き合いください。

世間様の風当たりは、やはりというか・・。
 これまで何度かの寄稿にて、ワタクシがマレーシアにある大学院課程にターゲットを定め、学校側への打診でも「好感触~♥」を得られるようになってきたことなどをご紹介してきました。とは言え、ワタクシにとっては、当時、マレーシアなんて未知なる国。ましてや妻子がいるとなれば、治安、物価、生活水準、医療、通信、貯蓄、帰国後のことなど、若い独身の頃とは比べものにならない程、考えんとならん項目が多過ぎて、普通の常識をお持ちの方であれば、多くの方が断念されることと思います。
 もっとも現在、「オッサンが大学院留学をして帰ってきた」という厳然たる事実を目の当たりにしてさえも、真っ先に周囲から聴こえる声は、「それにしてもよく奥さんは納得したわねぇ~。奥さんは偉いよねぇ~。アンタ、感謝しなさいよ。で、息子さんは大丈夫?」のオンパレード。なかには「私がアンタの旦那だったら、絶対、許せないし、別れてるわ~。」など、まるで犯罪者みたいに扱われることさえあります。それほどオッサンっちゅうジャンルの生き物にとって、海外留学って今もなお、ハードルが高いのが現実、それが世間様っちゅうもんだからなんですわ~。そのため職場はもちろんですが、家族、とりわけ妻の理解っていうものが、最大の肝であり、留学中もいろいろと妻には苦労をかけましたし、今、振り返っても感謝している訳です(汗)。

さすが!このオッサンにして、この奥さんだ!!
 でも、我が家の場合、幸運だったことは、妻自身も独身時代に豪州にワーホリ経験があったり、英語も嫌いでなかったりといった点があったかと思います。さらに“幸運””だったと言えば、「マイホームを持つ」なんて最初から望むべく身分でもなかったし、「一人息子と3人で雨風を凌げる場所があれば十分だよね、オレたち幸せだよね、ね、ね。(←オッサンからの半ば強制)」っていうスタンスで生きていた影響もあったかと思います。
 そしてある日、インターネットから調べられるマレーシア情報の数々の書類を携えて、自身のマレーシア計画について妻へと相談を持ち掛けたのでした。  すると意外にも妻からは大きな反論はありませんでした。どうやらこんなオッサンと長年連れ添ううちに、妻はある種の諦観の境地に辿り着いていたのかもしれません。オッサンの知らぬ間にこの人は解脱したような、途方もない人格者のステージにまで成長してたんですな、きっと。

妻の思わぬひと言に・・・
 しかし、最後の妻の思わぬひと言に、ワタクシはまさに虚を突かれた思いがしたのでした。
 「ところでアンタ、どこの誰よりも、暑さに弱いじゃん!マレーシアなんて国、ホント大丈夫なの?」
 そうなんです。北国育ちのオッサンの身体は、無類の“寒冷地仕様”。例年、夏は暑さでボーっとしてるので、ここ数年間、夏の出来事の記憶が全くありません。インターネットでどんなに膨大なデータを漁っても、「果たしてオッサンという生き物が熱帯地方のマレーシアで生きていけるのか?」という質問への答えなど、あのウィキリークスにさえ載っていないのです。果たして年間を通じて最高気温が30℃を過ぎるような環境にて、人間は生きていけるものなのだろうか?そもそも遺伝的に汗腺の数とかが違っていて、適用できる人間は限られるのではないか?そんな疑問が沸きあがりました。

かくしてマレーシア下見の機は熟した!
 そこで夫婦で話し合った結果、「百聞は一見に如かず」という訳で、オッサンは先ず、単身でマレーシアの下見をして、インターネットではわからない事柄を体感してくることにしました。
 ただ、そんな壮大なプランについて、まだ本決まりでもない段階で、職場で堂々と言える訳もなく、先ずはゴールデンウィークを利用して、僅か2泊3日の強行プランでマレーシア視察に出かけることにしたのでした。
 こうして、オッサンがいよいよマレーシアに向かうことになったのです!


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KLの街中で

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KLIA2