野球チーム「レイダース」監督 坂本博文さん
マレーシアの小さな野球チームが、なんとシンガポール代表チームに勝利!
~野球普及に尽力する坂本博文氏と日本人助っ人軍団の奮闘~

ピックアップ  マレーシアに野球連盟や野球チームが存在することを知る人は少ない。マレーシア人でさえ知らないのが現状だ。実際のところ、野球チームが存在するとはいっても、ソフトボール選手や経験者が必要に応じて野球の試合に召集されるケースも多い。野球専用グラウンドもなければ、練習に適したグラウンドもない。どのチームにもスポンサーはついていない。現在、マレーシアで野球に汗を流す人々は、日本やアメリカから好意で譲り受けた中古用具一式を手に戦っているのが現状だ。

 そんな完全ビハインドな野球環境の中、2017年4月、画期的な出来事が起こる。マレーシアの小さな野球チーム“レイダース”、なんとシンガポール代表チームとの親善試合に勝利したのだ。この快挙の影には、マレーシアでの野球普及に全身全霊を注ぐ日本人監督と助っ人軍団の存在があった。坂本博文氏とその仲間たちの奮闘をレポートする。

歴史的勝利を導いたのは?
 レイダースを創設、率いるのは坂本博文氏、元高校野球球児だ。「選手としては落ちこぼれでした」と謙遜するが、出身高校野球部の監督経験をも有する。1987年に来馬し、在馬歴は早30年。学習塾(ACT教育研究所)を経営するかたわら野球に携わり、1999年、セランゴール州野球連盟コーチに就任、以後、ナショナルチームコーチとして国際大会を牽引。周囲は彼を“マレーシア野球界の父”と呼ぶ。コーチ、監督業はすべてボランティアで引き受けている。

シンガポール代表チームに歴史的勝利を飾る
 2017年4月15、16日の両日。シンガポールにて、レイダースはシンガポール代表チームとの親善試合に臨んだ。15日早朝、レイダースの面々はKLを出立、その日の午後に第一試合を迎える。試合に臨んだメンバーはわずか9名、10代から50代のメンバー構成で、交代要員はいない。シンガポール代表チームの圧倒的有利と思われる中、レイダースは10対0の大勝利を収める。後に、先方は全員2軍だったことが判明。翌16日。シンガポールチームは全メンバーを入れ替え、オール1軍による真剣勝負に挑んできた。一方、迎え撃つレイダースは疲労の色濃く残る同メンバー。ところが試合は最後まで拮抗。3対2の1点リードで9回裏、シンガポールチームの最後の攻撃を迎える。ピッチャーが踏ん張り、全員で守り抜き、レイダースは1点リードをキープ。勝利の女神はレイダースに微笑んだ。

初めて経験する緊張の試合運び~勝利がチームのモチベーションを高める~
 「マレーシア野球は、15対10などの大量得点試合が当たり前、拮抗試合には慣れていません。そのため、地元メンバーは緊張がピークに達し、半ばパニック状態。一方、坂本監督はまったく動じず、終始どっしりと構え、ピッチャーの梶田君やファーストの伊藤さんを始めとする日本人選手が必死に彼らを支え切り、おかげで勝利を掴むことができました」と語るのは、元プロスタッフ、本試合でサードを守った大熊信夫氏。「この勝利で、試合に参加した地元選手は、『やればできる』とモチベーションが高まり、参加しなかった選手は『自分も参加したかった、レギュラーの座を確保したい』と発奮材料となったようです」。

国際大会出場を希望するものの・・・今年のSEAGAMEに野球は含まれず
 選手育成を図るためには、試合経験を積むことが大切だと知る坂本氏は、個人的に培ったネットワークを駆使し、地元での練習試合はもちろんのこと、海外チームとの試合機会を設けることにも余念がない。今回のシンガポール代表チームとの親善試合も、坂本コネクションにより実施が可能となった。「マレーシアで国際試合を開催しようにも、グラウンドがないので叶いません。フィリピン、インドネシア、タイには球場があるのですが・・・」と残念がる。今年、KLを大いに興奮させたSEAGAME。開催国が競技を決定するのだが、マレーシアは野球を競技に加えなかった。球場がないのだからやむを得ない。「SEAGAMEのような大きな国際大会が、もっとも選手の意識を高揚させ、かつ、野球そのものの普及に役立つのですが」。

マレーシアチームのメンバーは、野球選手ばかりではない
 マレーシアにおいて野球はマイナースポーツだ。野球人口が極めて少ないため、国際試合にソフトボール選手を招集せざるを得ないケースもある。野球とソフトボールは似て非なるもの。ソフトボールの癖をとるのは非常に難しい。また、軟式野球と硬式野球の両方に関わる者もいる。野球の上達を真剣に目指すなら、最初から硬式野球のみに携わるのが理想的だ。硬式野球選手が硬式野球の試合で勝って初めて、マレーシアの野球の未来が開ける。ついては、最初から野球に携わる者を増やして野球の裾野を広げ、彼らによる野球チームを編成できるようにならなければならないと、坂本氏をはじめとする関係者一同は口をそろえる。

野球にはお金がかかる。コスト問題の解決が目下の課題
 しかしながら、「野球にはお金がかかります。選手自身も、そしてチームも必要な用具を揃えなければならない。それが野球の普及しない大きな原因です」と、坂本氏は顔を曇らせる。「用具類については、幸い中古品を譲り受けることができますが、その送料の捻出が難しい」と坂本氏。まとまった数のグローブやボール類、重量のある機材などの輸送費用はすべて自腹だ。 また、レイダースは現在、KL市内のとある公立学校のグラウンドで、毎週日曜午前に練習を敢行する。芝がまだらに生えているため、イレギュラーボールによる怪我の心配もあれば、他のスポーツクラブらとの合同使用のため、ノック練習ですら気を遣う。ミニゲーム練習にいたっては、他のクラブが去ってから短時間で行わざるを得ない。「使用制限がなく、存分に野球の練習ができるグラウンドを週2-3回使用することができれば、みな目に見えて上達することができるのですが・・・」。坂本氏の悩みは尽きない。

野球を通してマレーシアの子どもたちの育成をはかる
 ある日曜日。レイダースの練習に、地元のソフトボールチームの子どもたちが参加していた。「レイダースは基礎をしっかり教えてくれるので、子どもたちの上達が速い」と、引率する監督は語る。レイダースでは、坂本氏を中心に、経験豊富な伊藤祐介氏や野球経験のある日本人選手が練習参加者をサポートする。例えばノック練習。一人何本までと決まっているわけではない。球を処理できるようになるまで、坂本氏はノックを続ける。「もう少し早く動けるだろう!もう一本!」。5本、10本・・・。ある時点で、子どもたちは必ず処理できるようになる。「出来たじゃないか!」と監督以下皆で声をかける。大いに自信をつける子どもたち。「『できなくても、まあいいか』、ではなく、あきらめず、できるまでやる、それがレイダースのやり方です。これは野球に限ったことではなく、すべてに通じること。誰もが野球選手になるわけではありませんからね」と、伊藤氏。生きる上で大切なことを、野球を通して伝えようとする坂本氏らの“父としての思い”を、子どもたちはしっかりと受け止めていた。

真の強い野球チームを目指すには ~民族にかかわらない選手構成~
 多民族国家のマレーシアにおいて、レイダース以外のチームは、民族や出身国ごとのメンバーでチームを形成する傾向がある。「民族ごとに固まっていては限界がある。マレーシアの野球が強くなるためには、誰もが参加できるチームでなければならない」との坂本氏の言葉通り、レイダースのメンバー構成は実に豊かだ。

坂本氏の夢、それは・・・
 「マレーシアにおける野球人口を増やし、強い選手を育成し、ナショナルチームに参加させ、国際大会で勝つ。それが夢です」と、坂本氏は熱い夢を静かに語る。コストのかかる野球監督をボランティアで引き受け、さらに大きな夢と目標を掲げる氏に、そのモチベーションは何かと尋ねてみた。「自分の野球人生が不完全燃焼の連続だった結果、今でも野球を続けているという面もあります。20年近くマレーシア野球に携わっているにも関わらず、他の東南アジア諸国における野球環境との差は縮まりません。それでも、伊藤さんや大熊さんを始め、多くの方々の協力と、現場で頑張っているマレーシア人の努力があって、今があります。私は選手としては未熟でしたが、教えることはできます。メンバーの上達を見るのは嬉しいことです」。目下、次回以降のSEAGAMEを照準に捉える。「ヒーローが生まれれば、一気に野球の裾野が広がる。強くならなければ」。

 坂本博文氏と日本人助っ人軍団は、マレーシア野球の未来を見つめてまっすぐに突き進む。




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シンガポール代表との親善試合。レイダースは9人で臨みました

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シンガポール代表チームと握手するレイダースの選手陣

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シンガポール代表との記念写真

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練習場は公立学校のグラウンドを借りて行うが、ソフトボールクラブ(遠方で練習中)との共有のため、思い切り練習することは難しい

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ダッシュ練習。ダッシュにもコツや踏まえなければならないルールがあることを、先輩から学びます

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ノック練習に励む選手のみなさん

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主力選手の2人がバッティングの模範を示します

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坂本監督の指示をマレー語、中国語、英語の3か国語で的確に伝えるチームの頼れる兄貴、Kohg Teng Keenさんは、日本語も堪能。スポーツ科学の博士号も有するレイダースの頭脳

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真剣に練習に取り組む地元の子ども

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全速力ダッシュ練習のあと。1分後にはダッシュ再開でした

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シンガポール代表チームとの試合勝利に貢献した梶田投手

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彼もまた、将来のチームを支えるピッチャー候補の1人です

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ミニゲームに臨むレイダースレギュラー陣

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坂本監督と、チームの屋台骨のKhongさんは、自然と動きもシンクロします

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動作一つ一つに細かなアドバイスを送る伊藤さん

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レイダースの期待を背負い、ピッチング練習するコウタくん

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練習後、全員で記念撮影

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レイダースの練習に度々参加しているという地元の子どもたち

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レイダースの頼れるピッチャー梶田君。この日の練習を最後にアメリカの大学へと飛びたちました!

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レイダースの練習に特別参加する地元のソフトボールチームの監督と子どもたち

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マレーシアの野球普及に尽力する2人のキーマン。坂本博文さん(右)と伊藤祐介さん

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毎週日曜日午前9時~午後1時、ボランティアで野球監督を務める坂本博文氏