(最終回)1時間半かかって降りた道を10分で行くとは

コラム

1時間半かかって降りた道を10分で行くとは
 彼のヘッドライトの灯りは小さく、自分の足元だけだったらしい。普通のスニーカーであの雨の中を、滑るはずの土と石の上をスイスイと走って下って行ったらしい。後で聞いたら、休憩らしき時間もなく、我々が濡れた危険な山道で1時間半かけて降りた道を10分で下ったらしい。私達は同じ道を辿ったのに何度も滑った。雨が降っているのだから。ガイドさんの凄い底力を見た思いだった。・・あの場合、とにかく感謝以外になかった。

また機会あらば、頂上まで挑戦したい
 あ~ぁ、キナバル山。また機会あらば、頂上まで挑戦したい。登山の過程において感じた若い時の思い出、そして心の痛みと身体の痛みは忘れがたい。今までの自分の生ぬるい人生をあざ笑うかのように、その想い、道中、押し寄せては、また引いてゆく。マレーシアでのんびり暮らしているはずの MM2Hの私、そんなに気を張らなくってもいいのに、過去の忙しかった人生が思い返されてゆく。クアラルンプール近郊のトレッキングでは全く味わえない”人生の中の事件”だった。国内と言えど、飛行機使って、4000m級の山登りに行ったのですから。

山登りを通じて、感じさせてくれる人生
 キナバル山は、自分の海外生活の中で、不安と喜びの交錯する毎日の生活に、励ましと潤いを覚醒させてくれた不思議な山だ。・・・・過去の事、未来の事、いろんなことが脳裏をよぎってゆく。山登りを通じて、「生」を感じ、今生きていること、生かされていること、これを思う想い。キナバル山が、ますます好きになってゆく。

 最後に、“人生は登山”吉川英治のこの言葉が好きだ。「登山の目標は山頂と決まっている。しかし、人生の面白さはその山頂にはなく、かえって逆境の、山の中腹にある」


写真
other side of St John’s頂上付近、荒涼としている

写真
空気が薄い。
ハーハー・ヒーヒー・フーフー・・へへへー・汗

写真
残念ながら、ここで頂上を断念した2人。
また次回があるさ。
ガイドが「ネバーマインド」と気を使って何度も写真を撮ってくれた

写真
さあ、遊んでないで、下山するぞ。
・・・ワタクシ達は、いません