マレーシアでコーチング ポルカウスキー陽子さん

ピックアップ  「山口県の防府市で育ってそこで仕事をしていたときには、まさか自分が海外で暮らすことになるなんて思ってもいませんでした」と語るポルカウスキー陽子さん。それが今では米国とマレーシア合わせて海外在住10年目に入った。現在、クアラルンプールでコーチングを実践している。

 生まれたのは横浜市で、サラリーマンの父の転勤にともない、13歳のときに防府市に引っ越した。地元の高校卒業後、大手化粧品メーカーの販売職(美容部員)を経て、山口放送局の関連会社の営業事務職として勤務するが、とくに外国との縁はなかったという。

 「このまま地元で結婚して子育てをするんだろうな~」と思っていた陽子さんに転機が訪れる。JETプログラム(語学指導などをおこなう外国青年招致事業)の下、英語教師として山口県に派遣されていた米国人と20代前半に知り合い、29歳のときに結婚するにいたったことで渡米することになったのだ。2007年のことだった。

 夫の出身地のミシガン州に滞在することになった。米国に渡る前にある程度、独学で英語を身につけていたのだが、実際に米国で生活をはじめてみると、英語が通じずにへこんだ。ショックを受けているときに同地の日本食レストランの女性マネージャーと知り合い、そのレストランで働くことになった。その女性から精神面で大きなサポートを受けたという陽子さん。

 店に来ていた米国人の顧客に通訳をやらないかと声をかけられ、「そんな力量があるのかな~」と悩みながらも、通訳に挑むことに。ツアーで米国を訪れた日本の高校生の通訳の仕事が通訳としてのデビューとなった。その後、通訳の仕事がだんだんくるようになったが、夫が大学院に通っていたため、学費の支払いなどで貯金がどんどん減っていった。

 「これはなんとかしないと」と一念発起してデトロイトの日系自動車企業で働くかたわら、夜間カレッジに通って心理学・社会学を学んだ。ミシガン州は冬が厳しいこともあって心身を病む人が多かったことが心理学を学ぶきっかけとなった。それが現在の仕事に生きることになる。

 自動車会社で6ヵ月働いた後に移民法を専門とする弁護士の事務所で働き、顧客対応、移民局へ提出する資料作成等の業務のほか、米国在住日本人の心理面でのサポートも担った。日系企業の信頼を得て、さあこれからというときに夫が卒業を迎えマレーシアに就職が決まった。

 「もっと米国にいたい」との思いを振り切って2010年にマレーシアに移住。マレーシアでも仕事を続けたかったので、人材派遣会社に登録し、大手日系広告代理店で勤務することになった。駐在社員や企画営業部のサポート、イベント運営のコーディネーション、通訳などに従事。入社2年で企画営業部アカウントマネージャーに昇格。多国籍チームの中で日系消費材ブランドを担当し、広告キャンペーン立案、デザイン提案、関係各所との調整、問題解決の交渉や提案など全て英語で業務をおこなった。

 2012年の出産後も家事育児サポートを活用しながら仕事を続け、海外での子育てとキャリアの両立を実現する。自分の潜在力を引き出すため、営業職をやりたいとさえ上司に申し出た。そのときの上司の反応は「子どもも小さいし、営業は無理だ」という否定的なものだった。が希望を押し通して営業職に転任。上司の退職などもあってチーム・リーダーにと打診されたが、今度は時間に追われるようになった。「このままでいいのか」との思いが沸々と湧いてきて2014年9月に独立するにいたった。 「特にあてがあったわけではありませんでした。ただ、これまでの営業活動や海外職務経験で得た自分の強みを生かせないかと思っただけです」と語る陽子さん。

 個人や日系企業の現地コーディネーションや通訳を務めるかたわら、約6ヵ月間の準備期間をへてコーチングを始めた。ビジネスとしてのコーチングという仕事はまだ一般的にはなじみが薄いが、いったいどんなことをするのだろうか。

 「一言でいえば、ワークショップを開催したり、スカイプなどでのやりとりを通じて個々人の潜在能力を伸ばすお手伝いをするコンサルタントのようなものです。主に海外で暮らす女性やこれから海外で働きたいとの希望を持っている女性に対して英語のコミュニケーション力のアップ、定期的な心のメンテナンス、短期間で効果的に海外生活上での目標達成ができるようサポートするなど、個々のニーズに応じたセッションメニューを提供しています」。

 実際にコーチングをしてみて感じるのは、「駐在員の妻という立場にある日本人女性には能力が高い人が多いということ。ちょっとした後押しがあったおかげで、その能力を発揮できる場が見つかって人生の分岐点になったという人もいます」という陽子さん。

 「組織に守られた自分ではなく、一人の個人に立ち返ったときに何ができるのかーー。まずは自分が蓄積してきたものを見直して分析してみることが第一歩。私はこの作業のことを『人生の棚卸し』と呼んでいます。棚卸しをしてみると、自分にしかない原石が見つかるはずです。また人の期待に応えようとして苦しみながら頑張ることなど、本当は必要のないものにも気づくことができます。他者からのサポートを得ながら、自分の強みを生かした生き方が自然とできるようになるお手伝いをするのがいまの私の仕事と言っていいでしょう。そのうえで信頼できる第三者に自分の強み、長所を客観的に指摘してもらえば次なるステップを踏み出す原動力になります。外の世界に青い鳥を探すのではなく、自分の内にある、磨けば光る原石を見つけ出すことが大切なんです」。

 最後に陽子さんはそんなメッセージを送ってくれた。


ポルカウスキー陽子さんプロフィール

 横浜市生まれ・山口県防府市育ち。29歳で米国人との結婚を機に渡米。ミシガン州アナーバー市に3年滞在後、2010年にマレーシアに家族と移住。大手日系広告代理店に現地採用入社。2014年に4年間勤務した広告代理店から独立し、フリーランスに転向する。これまでの海外職務経験で得た自分の強みを生かし、個人や日系企業の現地コーディネーション、通訳として活動中。またライフワークとして、コーチングルームCROSSINGを2015年2月にオープン。5歳の男の子の育児に励む母親でもある。




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ポルカウスキー陽子さん

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コーチングのワークショップ開催中の様子